【水玉】 泥酔、それから

今日、水前寺の酒を飲みたいと言ったのは玉森だ。酒に対し耐性が無いことなど幼少期の頃から分かっている。だがしかし、水上がやっと一人前の酒造家として認められたこの酒を飲まずにはいられるだろうか。くらくらと回る視界の中に移りこむのは、心配そうにこちらを覗き込む水上の姿だった。

「玉森、大丈夫か?ちょうど今水が飲みたかったんだ。持ってくるよ」

「む。水だと?お前が飲むのか?ちなみに私に飲ませようとしても無駄だぞ!私は酔っぱらってなど、いないからな!」

 そう鼻を鳴らす玉森は、どこからどう見ても酔っ払いそのものだった。飲んだ量はお猪口二杯程度。だが、玉森の顔は真っ赤に染まり、とろんとした目つきで水上を眺めている。

そもそも事の始まりは、玉森が「水上の酒を飲みたい」と言った事だった。水上は嬉しそうに酒瓶を片手に玉森の元を訪れたのだが、その日が図らずとも、偶然雨だったのだ。酔いが回ると衣服を脱ぎ散らかす癖がある玉森は、自らのサスペンダーを肩から降ろし、覚束ない手つきでシャツのボタンを一つ一つ外し始める。

「たっ、玉森。待ってくれ。その……」

「なんだ、私に文句があるのか。水上ももっと呑め。酔ってないからこの場を楽しめないのだ!」

するりとワイシャツを脱ぎ捨て、胡坐をかいていた水上の上へと座る。水上は全然酔ったそぶりを見せず、自分一人がこうも醜態を晒しているようで恥ずかしくなった玉森は、空になった水上のお猪口に酒を注いた。

「のめ」

「いや、俺はもういいよ」

「私が注いだ酒が呑めないというのか!この軟弱ものめ!」

「全く……、仕方ないな」

口元に微笑を浮かべ、玉森が注いだ酒をくいっと一気に呑む。その骨ばった大きな手にやけに玉森は自分の劣情を煽られ、水上の首へ腕を回す。

「お前は、とんだ臆病者だな」

「いきなりどうしたんだ」

「目の前に、好いている相手が座っているんだぞ。それに今日は雨だ。手を出さないなんて臆病者以外の何物でもない」

 ふんっと水上の首筋に歯を立ててやる。

「たっ、玉森?!やっぱり今日は酔っているな。早く布団で休もう」

「うるさい、臆病者」

「臆病者って……」

普段は水上からの懇願を待つか、どちらともなくそういった雰囲気になるのだが、今日は仕方がない。酒が回っていて、今日はそういういやらしい事をしてもいい気分なのだ。自分から誘うなんて破廉恥だとは思うが、全ては酒のせいなのだ。玉森はそう自分に言い聞かせ、水上のシャツの第一ボタンから順に開き、着衣時には分からない、鍛えられた胸筋をなぞり、乳首を噛んでやった。

「痛っ」

「にゃはは、どうだ。少しはその気になったか?」

「酔っぱらった玉森に手を出すことはしないよ。酔っぱらうと玉森は記憶が飛んで、今日の事を忘れてしまうだろう?」

「そうやって言い訳をするからお前はいつまでたっても臆病者の玄人童貞なのだ」

 玄人童貞、と言ってももう彼とは何度も体を重ねているし、5億年の時を生きてきた彼に童貞と言うのは間違っている。そうは思いながらも、水上が手を出さない様子に痺れを切らし、嫌味の一言でも言ってやりたくなったのだ。折角自分から誘ってやっているというのに。玉森は頬を膨らます。対して水上はと言うと、小声で経を唱え始めている。以前に自分を鎮める為に経を唱えていたが、今は自分を抑える必要などない。むしろ手を出してほしいのに。ただそれを自分で口にするにはいくら酔いが回った頭でも、玉森には恥ずかしい事だった。どうすれば手を出してくれるだろう、と回らない頭で考えて、玉森はちろり、と水上の唇を舐めた。

「忘れてしまっても、お前が覚えているのだろう?過去の事もそうだ。それならいいではないか。……それとも水上、私としたくないか?」

少し甘えた声で水上の青い瞳を見つめると、性急に唇を奪われ、舌を捻じ込まれた。

「!……ッはッ、みなっ、かみ……!」

「玉森としたくない事なんてないよ。むしろ毎日でもしたいくらいだ」

「毎日って、お前な……」

キスの角度を変えられ、より深いところまで水上の舌が侵入してくる。歯茎を舌でなぞられると、自らの中心に熱が篭るのが分かる。玉森が抱きつき、腰に添えられていた両手は、ゆるりと玉森の乳首へとあてがわれ、先端を摘まむように弄られる。ぱたぱたと聞こえる外からの雨音に自分の吐息が混ざるのが分かる。恥ずかしいが、今日は雨の日であるし、酔いが回っている。言い訳など、いくらでもあるのだ。そう考えると気が楽になり、玉森からも水上の舌をしゃぶる。ぱっと一瞬目を見開いた水上であったが、直ぐにその瞳も欲情した其れに変わり、より一層乳首への愛撫が激しくなり、するりと胸、脇腹、を撫でられ、ベルトを外される。

「……玉森、もうこんなに大きくなっている。期待、していたのか?」

「うるさいッ……お前は黙ってすることが、出来ないのか!」

「ははっ、ごめん。そうだな、期待してくれていたのなら、俺は嬉しいな」

 褌の上から性器を軽くなぞられると、ぐちゅり、と卑猥な音が響いた。下着が濡れていることはこの下半身に纏わりつく気持ち悪さで分かる。玉森も、キスと自分にされる愛撫に必死になっていたが、自分も水上を気持ちよくさせたい、と彼のベルトに手をかけ、性器を取り出した。

「お前も人の事、言えないじゃないか」

「玉森に触れているんだ。こうなって当然だよ」

「やはりお前も興奮しているじゃないか、フン。そういう時は素直に私に触れたいと言えば良いのだ」

「普段は許してくれないじゃないか」

「今日は特別だ!」

 自分のそれより一回り大きい性器を緩くしごくと、水上からも吐息が漏れる。どうせなら二人で気持ちよくなりたい、と玉森は自らの腰を水上へ寄せ、お互いの性器を握り、しごき始めた。

「玉森、どうしたんだ……?」

 普段はしない行動に、水上は半ば不安そうに問いかける。

「どうしたもこうしたもない。お前と私、二人で気持ちよくならなければ意味がないだろう。普段はその……お前が中に入っている時に快楽を感じているが、こうすると同等に気持ち良くなれるだろう」

 それに、こうすると水上のいい所を直接自分の手でしごき上げることが出来る。中に入っているときはいっぱいいっぱいで玉森の気持ち良い所を突かれているばかりだが、こうすると玉森が水上に快楽を与えられる、と言うちょっとした優越感もあったのだ。

「今日の玉森は、やけに積極的だな」

二人分の性器を包み込み、しごいていると、水上はその手を取り、より早くしごき上げる。今までは自分の手で快楽を得ていたから調節が聞いたものの、突然の外部からの刺激に一瞬目がチカチカとした。

「なッ……!水上!」

「なぁ玉森、ズボン、脱いでくれないか?こうしているのも気持ち良いけど、出すなら、お前の中で出したい」

「お前はよく億劫もなくそんな台詞を吐けるものだッ……!」

たしかに、ズボンをはいたままで窮屈だとは思っていたし、前から刺激を与えられているのにもかかわらず、後ろがきゅんきゅんと水上の存在を求めていた。

「お前も脱げ」

「分かったよ」

 お互いに一糸纏わぬ姿になり、露になった玉森のめどに、先走りを掬った水上の指が、優しく侵入してくる。

「……?やけに今日は入りやすいな。もしかして、準備してくれていたのか?」

「馬鹿め、準備などするわけなかろう。ただ、今日の雲は傾きそうだったから……」

 我ながら苦しい言い訳だ、と玉森は思う。ただここ一週間雨が降っていなかったのだ。そして水上も一人前の酒造家としてやっと認められた。身体をやろうという気持ちがあっても良いだろう。本当は水上を待っている間に書いた原稿があるが、それは後に取っておくことにしよう。

「玉森、挿れるぞ……ッ」

余裕のない声が正面から降ってくる。所謂対面座位、と言うものだ。今日の玉森は気分が良い。中に入ってきた水上を締め付けてやったらどんな反応をするだろうか。今から見ものである。だが、そう考える余裕もなく、下から突き上げられ、一瞬目の前が真っ白になった。

「あぁ……ッ!んッ、みな、かみッ……!」

 けれど、今日は私が水上を気持ちよくしてやるのだ。そう意気込み、快楽に飲まれそうになりながらも、水上の瞳を見つめ、噛みつくように口づけを落としてやる。



 その後、煽りに煽って玉森が翌日立てなくなる程までに犯される事を、この時の玉森はまだ知らなかった。