【ヒスシノ】美しき悪魔
【ヒスシノ】美しき悪魔
ヒースクリフ・ブランシェットは、副官であるシノ・シャーウッドの事を愛している。≪大いなる厄災≫ の討伐から十年。ヒースクリフはブランシェット城の君主となった。幼さを残していた輪郭はすらりとシャープになり、大海原のような深い青の瞳には、君主ならではの荘厳さが浮かんでいる。身長も17 の時に比べ、10 センチほど高くなり、威厳が増している。
それに比べてシノの外見は全く成長することが無かった。しかし、その少年と青年の中間の特有の色気を残しながら、ヒースクリフの副官として、威風堂々たる姿である。
優しい上に、周りの事を考えて然るべき時に然るべき行動を取る事のできる君主として、周りから尊敬されているヒースクリフであったが、シノと二人きりの時には違う顔を見せた。
彼は、シノを溺愛しているのだ。
昔と変わらぬままのシノに対して、彼は良くスキンシップを取りたがった。
「可愛い」と言われるよりも「かっこいい」と言われたいシノにとって、猫可愛がりする彼は気に入らない。シノのことが可愛くてしょうがないというその態度、緩み切った表情に「君主としての威厳を保て」と言われても聞く耳を持たないヒースクリフ。
その行動に、シノは子供扱いをされていると思い、よく喧嘩している所を使用人たちに目撃されている。
そうなのだ。このブランシェット城において、ヒースクリフとシノの仲は公認なのだ。その為、使用人が仲睦まじい姿を見ても、皆祝福ムードなのである。
しかし、そんなヒースクリフには困った所がある。彼の性的志向が少々逸脱しているのだ。
以前、軍服の下に女性ものの下着を身に着けるよう命令されたことがある。
それはピンク色の薄い絹の下着で、首元から胸にかけて薄いレースのホルダーネック。胸の中央に大きく縫い付けられているリボン、胸から太ももに掛けてはピンク色の布地に大きくスリットが入っているデザインだ。
男らしく、恰好良さを追求しているシノにとって、その命令は彼を冒涜するものであった。初めは呆れ果て、「何を言っているんだ」と真顔で問うたが、命令の主はいたって本気だ。小さな言い争いはあったものの、シノはヒースクリフに惚れ込んでいるため、結果その下着を身に着けることになった。
ヒースクリフに顔を寄せられ、「お前ならできるだろう?」と不敵に微笑まれると、それを断れるシノではなかった。
そのまま流されてセックスしたことも、一度や二度ではない。
そんな毎日を送っていた時の事だ。ヒースクリフがブランシェット城でパーティーを開いたのは。
目的は、ヒースクリフの誕生会だ。この年になって誕生日がどうこう言うのはおかしい気はするが、それでもしきたりはしきたりだ。仕方ない。
ブランシェット城には、グランヴェル城城主であるアーサーも来ている。個人的な友人と言う事で、カイン、クロエ、ルチルも参加してくれた。普段引き籠りであるファウストも教え子の晴れ舞台と言う事で参加してくれている。
立食パーティーの料理は城でお抱えのコックのほかに、ネロも手伝ってくれた。
ヒースクリフは遠方から訪れている領主に挨拶周りをする。その間副官であるシノは、貴婦人方の相手をしている。
満足に飯も食べられないまま、時は流れていく。
しかも、気を遣う相手との会食だ。そのうえ、「ヒースクリフ様はご結婚なさらないんですか?」と言い、各々自分の娘を紹介しようとする輩も多い。
そんな人が10人を超えた頃だ。ヒースクリフはもう限界を迎えてしまった。
「ヒースクリフ様、ぜひうちの娘を…… 」
「シノ」
ヒースクリフが名前を呼べば、先ほどまで女性に囲まれていたシノが即座にヒースクリフの傍に控える。
「はっ。我が君」
「お前は誰のものだ?」
「私はヒースクリフ様のものでございます」
「では、ここでキスをできるな?」
「…… は?」
この発言にはシノも度肝を抜かれたようだ。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
「おい、ヒース」
「ヒースクリフ様、だろう」
「…… ヒースクリフ様、いったい何のご冗談ですか」
「冗談ではない。忠誠を誓って見せろ」
辺りもざわめきだす。そうだろう。突拍子もなくパーティーの主役が副官へキスをするように求めたのだ。
友人であるクロエやルチルもはらはらとした瞳でこちらを見つめる。
「早くしろ。客を待たせるな」
シノも押しのけるかと思いきや、強引にされるとシノは弱いのだ。滅茶苦茶な命令にも、応えてしまう。
逡巡して、そのあとにすぐシノはヒースクリフの唇にキスをした。
「申し訳ございません。この通り、私には決まった相手が居るのです。その為貴方の申し出は大変ありがたいのですが、お断りさせていただきます」
流石にここまで見せつけられてしまえば、何か言えるものもいない。尻尾を巻くように、相手は逃げ帰っていった。
その様を見て、ヒースクリフは一瞬、頭の中によぎってしまった。
もしかして、シノは命じれば何でもするのかもしれない。
そうすれば、シノの事を嫁に迎え、堂々とブランシェット家の一人にすることだって……。
夜も更け、ホールが静まり返った頃。ヒースクリフの部屋にはシノが訪れていた。
「さっきのあれはどういうつもりだ」
シノは、形の綺麗な眉を寄せながら、ヒースクリフへと詰め寄った。
「あぁするしかなかったんだ。ごめんな。シノ」
そんなシノを抱きしめ、頭を撫でる。
「もっと他に方法があっただろう」
そう、反論するも腕の中にすっぽり納まっているシノは反論する気も失せたようだ。
しかし、真っ赤になっているシノを見たら、満足してしまった。今はこれだけでいい。
「いずれ名実ともにお前の事を手に入れるよ。シノ」
ヒースクリフは、シノの柔らかい髪の毛を堪能しながら、もっといろんな顔が見たいと思う。
「愛している、シノ」
ヒースクリフの絵画のように美しい顔には、悪魔の笑みが浮かんでいた。